世界最小国家 バチカン市国 ~後編~

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 ペテロの墓の上に、カトリックの総本山である、サンピエトロ大聖堂が
 築かれたことは、前回お話ししました。

 キリスト教とは、イエスが布教していたときには、そのようには呼ばれて
 いませんでした。イエスが十字架に架かり、その後に強く布教を推し進め
 ていった、ペテロたちの活動によって、キリスト教という名は、全世界的に
 拡がっていったのです。

 その意味では、キリスト教の礎を築いたのは、ペテロであると言えます。

 さて、現代の教皇は、今年の4月に、第264代教皇、ヨハネ・パウロ二世
 が、死去されました。そして第265代が、ベネディクト16世が教皇と
 なっています。

 ヨハネ・パウロ二世の葬儀には、約400万人の信者が、サンピエトロ
 大聖堂に集まりました。これだけ人を集めるのは、他の誰でもできないので
 はないでしょうか。それも世界中から、集まるわけですからね。

 その列は4キロにもなり、20時間かかって、ようやくヨハネ・パウロ二世
 に対面できるほどの、集まりだったそうです。
 

 1929年に独裁者ムッソリーニは、ローマ教皇庁との関係を、正常化し、
 バチカン市国の独立を認める、ラテラノ協定に調印しました。
 これによって、10億人の信者を持つカトリックの総本山は、世界最小国家
 になったのです。

 総面積0.44平方キロメートル、人口約800人というバチカン市国は、
 周囲を約40分ほどで歩けてしまうほどの、小さな国です。

 サンピエトロ大聖堂は有名ですが、意外とバチカン市国のことって
 分からないですよね。バチカン市国は、サンピエトロ大聖堂の裏にあるんで
 すが、一般の人は入れません。

 カトリック教徒のスイス人衛兵が常駐し、警備しているのです。教皇を守る
 衛兵は、ルネッサンス期から、代々スイス人と決っているそうです。
 何でもその昔、教皇を守るために、最後まで勇敢に戦ったのが、スイス人
 だったからだそうなんですね。

 現在も、ミケランジェロがデザインしたルネッサンス時代の、制服を身に
 つけているんです。

 バチカンは、教皇が元首の国で、行政を行うのは、教皇庁という機関で
 行います。

 また、ラジオ局や新聞社、郵便局などもあり、ガソリンスタンドやショッピ
 ングセンタ-など、生活する全てのものが、あるのです。

 最後にバチカン市国の国籍を持つ人には、どんな人がいるのでしょうか!

 バチカンに人種や国は関係ありません。ヨハネ・パウロ二世はポーランド人
 でしたし、ブラジルの人もいれば日本人もいます。

 バチカンでは、教皇の名のもとに、移民や難民の人たちに、少しでもお手伝
 いができればという気持ちで、それぞれが集まって、バチカン市国を支えて
 いるのです。


 現在も、世界中のカトリック教徒にとって、侵すことの出来ない神聖な祈り
 の地であり、美術鑑賞目当ての私といえども、そのことを忘れずに、見学を
 させていただきました。


 写真は、ヴァチカン市国の入り口です。


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